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お釈迦様の教え10

―幸福感―

「幸せ」って、いったい何だろう。
最近、友人とスナックで飲んでいて、ふと考え込んでしまう。
私の友人達は、そのほとんどが、青年実業家である。
と言っても、「バリバリの起業家セレブ」というイメージとは程遠い、親から引き継いだ商売を十数人の従業員と共に、額に汗して必死に働いている中小企業の社長さんたちだ。
印刷広告関係、自動車修理関係、経営コンサルタント、酒屋、旅行代理店、建設業等々、多種多彩の業種の友人達に等しく私が言われるのは、

「お前はいいなぁ、景気に左右されなくて、はぁ、うらやましい」

ため息とともに「お前には俺たちの苦労はわかるまい」という、声なき言葉が耳に突き刺してくる。

俺にだって・・・。

いや、やめよう。

彼らには、私にだってそれなりの苦労があることぐらい、充分にわかっている。
ただ、商売・経営の目線から私には縁遠い苦労ーたとえば、手形の決済とか、借金のこと、もっと大きく言えば日本の経済政策に対してーを愚痴っているのだ。
そんな彼らに、私が自分なりの苦労をどれだけ話したって、かれらには、所詮関係ないことなのだ。
私は「大変だなぁ」と頷くしかないのである。

私は的はずれかもしれないと思いつつ、「でもさぁ」とつづけた。

ー幸せって絶対的に、ある形で存在するものじぁないと思うよ。
仮にあるとすれば、命があるってことだけじぁないかなぁ。

ーたぶん、俺たちの幸福感って、そのほとんどのものが他のものと比べて感じているんじゃないかな。

ー金のない人は、金持ちになれば幸せになれるって思うかも知れない。でも金持ちでも、病気の人は、金で買えない健康が一番と思うんじゃない。

ーどんなに高級な食事でも満腹の時には感動はない、腹がすいていれば、カップラーメンでもごちそうだがな。
幸せって、自分のその時々の寄って立つ位置によって決まるものじゃないか。
上から見下ろせば、それは足らざるものに 見え、下から見れば足りているものに見える。
商売は、儲けることが大目的だから、一円でも多く得るということが大切なんだろうけど、
人生の目的は、「幸せ」をどれだけ多く感ずることができたかだと思うから。

ー自分の足下にたくさんある「シアワセ」に、どれだけ気づくことができたかで、「幸」か「不幸」は決まるんじゃないのかなぁ。

「ほぉぅ」

一同の尊敬とも、呆れたとも区別のつかない相づちで、夜も更けていくのである。
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